自然の恵みが詰まったスープ、クロモジの薬草風呂、森林浴、眠る前や起きたときの瞑想……。森のスープ屋の夜は、自分を撫でるようにセルフケアをする、お手当のための宿です。この宿を夫婦で営むのは、かずぅとマスター。お二人のもとを訪ね、森での日常がもたらす豊かさに触れました。
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かずぅ:住み始めて、もう10年目。お風呂から母屋の「森のスープ屋」に移動してくると、窓の外の景色に今でも毎日、感動しています。
白石:美しい森が広がっていますよね。家をつくりたいと声をかけてもらったのは、2014年くらいかな。

かずぅ:そうそう、白石さんの顔がパッと思い浮かんでお願いすることにしたんです。その当時の白石さんは、私のお友達のお友達で、いつも爽やかな白とブルーのボーダーの服を着ているイメージ。森の中に小屋を建てて、「シネマバレイ(うれしいを映し出す谷)」をつくりたいって、一枚のスケッチを見せたのが始まりでしたね。
マスター:あの頃は一帯が熊笹でいっぱいだったけれど、手入れを続けて、クロモジが自生する森になりました。
白石:設計に関わって以来、離れていてもこの場所のことをいつも感じていました。今日は、二人が紡いできた10年間の日常や、生き方の哲学、これからの暮らしについて話しをしたいと思います。
出会いは直感と肌感覚。熊笹で覆われた土地を、本物の森に育てる
白石:この土地と出会ったのは、いつでしたか?
かずぅ:以前から近くに住んでいたんですけど、自分たちの最期を安心して迎えられる場所、私たちが土に帰っていくときに過ごす場所を探してたんです。
ある日、たまたま行った雑貨屋さんで鉢合わせた知人が、「トンカチも持ったことがなかったけど、自分たちでお家を建てています。いつか遊びに来てくださいよ」って、言ってくれて。前のめりに「今日の夕方、行っていいですか」ってお願いして、その方の家に行ってみたら、「もうこれだ!こんな暮らしをしよう」と思ったんです。
売りに出ている土地があることも教えてもらい、不動産屋さんに連絡して、その日のうちに見学しました。雪の降る夜だったので、広さも地形も何もわからなかったんですけど、土地に10歩入って、ここに住むと即決。その日は、ちょうど私の誕生日でした。

マスター:直感がそうさせたんですよね。でも春になったら、冬は雪の下になって見えなかった熊笹がビヨーンって立ち上がって、想像以上にぎっしり生えていたんです。

かずぅ:もう掻き分けないと歩けない。1年かけて土地を開拓して光が入るようになると、少しだけ自生していたクロモジが、どんどん増えていきました。
私たちも木を褒めながら、クロモジを薬草として使わせてもらうようになりました。はじめは、「森のスープ屋」と名乗るのが、ちょっと恥ずかしいくらいの土地だったんですけど、今では木々が生き生きと根を張る本当の森に育ちました。

白石:建物の設計をしらいし設計室に頼んだ理由を、改めて聞かせてもらえますか?
マスター:白石さんのお人柄だと思います。肌感覚で、ぱっとこの人だという空気を感じました。人間が、最初に情報を受信するところは、肌だと思うんです。たとえば、どこかに行こうとして、ざわざわするような肌感覚を察すると、やめとこうってなるじゃないですか。
かずぅは、肌感覚の的中率がすごく高い。半端なく敏感だから、ほかの人が意識的に判断するよりも早く、一発で「あ、この人がいいかも」って、オーラを察するんですよ。
かずぅ:「この人と、合うな」というのは、やっぱり肌で感じるものですよね。「家をつくってもらうなら、白石さんだ」って、肌で感じたんです。
家づくりは、出会いに全てがかかっている感じがします。大抵の人はあまり情報をもっていなくて、後で「ちょっと違うな」となることもあるから難しい。相談できる人との出会いは大切ですね。
そして、肌感覚が正しかったかどうかの答えは、いつも後からやってくると確信しています。「あの出会いがあったから、今こうなったんだな」って、しみじみ分かってきます。
白石:それは、とてもいい!何のためにという目的を、僕らは考えすぎている面がありますからね。
マスター:実際にこの10年間、白石さんと心地のいい関係が続いているんです。

屋根裏に寝て、木箱みたいな建物で過ごす。この暮らしが心地いい
かずぅ:家づくりの蓋を開けてみたら、私たちがとんでもない計画を立てていて、白石さんをびっくりさせたかもしれません。
小屋を何個も描いたスケッチを見せて、「宿を3棟ぐらい建てたい」「お客様のための空間を作ろう」って、めっちゃ背伸びをした感じでしたね。でも経験も実績もないから、資金の目途もたたなくて……。
マスター:どれだけ費用がかかるんだって想像できないくらい、壮大なプランだったんです。それなのに白石さんは「やりましょう」って、引き受けてくれた。何でオッケーだったんですか?
白石:何とかするのが僕らの仕事です。なんとかなるだろう、おもしろそうだとも感じていました。
しらいし設計室で、当時働いていた遠藤と、お二人がやろうとしていることの相性も良かったんだと思います。スープ屋を開いて、まずは実績を作るという計画にまとまりましたね。
かずぅ:銀行に資金の相談に行くと、若い担当の方が「僕にはシネマバレイの価値がわかります」と、力になってくれました。書類の作成を手伝ってくれたり、店長に提案してくれたり。あの出会いがなかったら、今のような運びにはならなかったんじゃないかな。
自分たちはテントに寝泊りして暮らそうと決めて、最後の最後に、ちっちゃな予算で「お店を一つ建ててほしい」と白石さんたちにお伝えしました。実際は、スープ屋の建物に、屋根裏をつけてもらうことができたので、今でもそこで寝起きしているんですよ。
白石:スープ屋の営業を始めたときの反響はどうでしたか?
かずぅ:予想外の反響がありました。「森のスープ屋」と名付けて、1月の寒い時期にスタート。私1人で対応できる範囲でと思ってたんですけど、どんどん人が来てくださって。
マスター:4月からは、僕もスープ屋に合流しました。春になりお客さんが3倍に増えると、運動会のような忙しさでした。

かずぅ:スープを食べに来たみなさんが、「屋根裏に寝て、木箱みたいな建物で過ごす、この暮らしが心地いい」と、口々に言ってくださったんです。「じゃあ、今の日常を、半分のサイズにしたお宿に表現しよう」と思うようになりました。
マスター:二人で計画を温めて、1日1組限定の宿をつくることにしたんです。3年間続けたスープ屋に区切りをつけ、お手当てのための宿「森のスープ屋の夜」を始めました。
その後、しらいし設計室にちっちゃな宿泊棟とお風呂棟を増築してもらいました。
白石:森での日常に、お客さんがすっと入っていくような空間になっているんですね。
かずぅ:特別なものっていうよりかは、気兼なく過ごせる場所です。私たちの暮らしとお宿との間には、境界線を作らないようにして、お布団もパジャマも器も同じデザインのものを使っているんです。
すごく高価なものを置いてお迎えするのではなくて、空き瓶に植物を飾るだけでもいい。簡素なものに囲まれて、豊かに暮らせることを味わってもらいます。あなたらしくいてはダメだなんて、誰からも言われることのない空間です。

白石:日常の豊かさを感じるのは、どんなときですか?
マスター:自然や土地の恵みの影響は、大きいですね。冬に木の葉が落ちて、春になったら花が咲き、葉っぱが大きくなって前が見えなくなるほど茂るんですよ。四季の移り変わりの中で、森の生命力のすごさに感動しています。
かずぅ:朝目覚めて、コーヒーとパンをかじっているときも、作業をしているときも、日常に自然の豊かさがあるんです。
言葉にしなくても、私たちが深いところで大切にしている日常は、宿泊した方にちゃんと伝わる。来られた方が「何かいいな、良かったな」と感じたものを、お土産に持って帰ってもらえたら嬉しいですね。
白石:ここに来るたびに「これでいいんだ」とリセットさせてもらえます。「もっともっと」と求めることが多い世の中でも、豊かな日常をつくっていこうと思えたのは、二人とのやり取りで気づきがあったからです。この場所でのお二人の「あり方」が僕に勇気を与えてくれました。
1枚のスケッチがシネマバレイに。死を迎える場所があると、生はより輝く
白石:その後も、クロモジや薬草、植物の種を保管する薬小屋を、しらいし設計室から独立した遠藤がつくり、草屋根の教会は私が設計させてもらいました。
かずぅ:何にもない土地だったのに、1枚のスケッチから最期の場所としての教会もあるシネマバレイになりました。それを希望と思う方や、「穏やかに死を迎える場所をつくるっていいですね」と感じてくれる方もいます。

親や身近な人の死は、誰もが通る道です。ここに来る方は、親にどう接したらいいか迷っている方や、闘病しておられる方も多いんですよ。
白石:かずぅとは、ホスピスの話もしましたね。 死を迎えるための場所をつくると聞いて、興味深く感じました。
かずぅ:私は親の最期に立ち会ったことで、自分はどんな風に死を迎えたいのだろうと、早めに考える機会を与えられたのかもしれません。最期の場所を、自分で選んでいけたらすごくいいなと思ったんです。
「今生きているのに、何で死を考えるの?」って疑問に感じる人もいるはず。でも、死ぬ場所があることで、生きる時間はより輝きます。毎日、毎晩この場所で過ごしていると、「目覚めるだけで本当に嬉しい」「今日のこの時間が素晴らしい」と気づくんです。
最期まで景色を見ていたいから、スープ小屋にあるちっちゃな窓を、もう少し大きくしようかなと一瞬考えたことがありました。
でも、元気に動ける状態で「ちょっとお昼寝しよう」って教会に行って、死を迎えるようなイメージを持っていたいと思うんです。大きな窓があると、外の見える位置にベッドを準備して、寝たきりで過ごす最期を思い浮かべてしまいますから。
白石:私たちは、生きるための住まいを作るんだけど、死に目を向けると、より生きることが輝くんですね。

森の時空間を届ける。こんな時代だからこそ希望の光が見えることをしたい
かずぅ:森のスープ屋の夜は、暮らしの場所にお客様をお招きする形なので、どんどん変化しています。今は、また変わろうとしているすごく大きな時期。ただの森のスープ屋さんじゃなくなってきたぞって、感じています。
マスター:何ごともピークアウトする時期が来ますよね。今までやってきたことをキープしようとするとすごく大変なわけです。かずぅと僕の中にあるコンセプトも変化し続けています。
かずぅ:「森の時空間をつくり届ける」をテーマにした活動もはじめました。「森に来なきゃ癒されない」のではなくて、どこにいても、癒しの状態をつくれるのが理想です。家に帰っても、お手当てができると一番いいですね。
ネットショップの商品を黒い箱に詰めるのも、時空間を届けたいから。お宿も大事にしていくんですけど、ときには外に出て表現することもやってみようと思っています。

白石:2025年秋の銀座での個展は、以前から計画していたのですか?
かずぅ:1年前くらいに「銀座で個展をしよう」って、ぱっと思いついたんです。
会場にある無機質なパイプを見せたくなかったんですけど、それを生かした展示にしようと決めて、パイプの上にロウソクを置くことに。何も隠すことなく、会場と展示物が一体となった状態で、みなさんをお迎えする、すごく居心地のいい空間になりました。

マスター:お客さんが絵を見ることで、リセットされて軽快に帰っていかれるんですよね。それは、個展会場が森のようだったからだと思うんです。
かずぅ:地下の窓もない個展会場に、森の時空間を作り出せたので、今後はまた違う場所に持って行くつもりです。私は森で暮らしていれば幸せだし、一生ここから出なくてもいいと思っていたんですけど、せっかく生きてるし、意識を外にも向けてみています。
こんな時代だからこそ、希望の光が見えることをしたいんです。「私にできることってなんだろう」と考えながら正直に表現する。個展で作品を喜んでもらえたことは、一つの自信になりました。「これで良かったんだ」って。
豊かな土地で暮らしながら、嘘のない表現を届けることで、お宿に来る人も、周りのみんなも希望を持ってくれるといいな。どうなるかわからないけど、「この森からやってみるか」と思っています。
落ち葉が土へ還っていくように。死はとてもあたたかかった
かずぅ:春夏秋冬のストーリーを感じながら暮らして、落ちた葉っぱが土へと還ってゆくのを感じていると、ある日「死はとてもあたたかかった」というフレーズが自然に湧いてきました。
絵を書いているときも個展のときも、私は亡くなった母の存在を感じていました。一緒にいるときは当たり前に感じていたけれど、時間が経てば経つほど、尊敬する気持ちが湧いてきて……。
白石:私も、親父の存在を亡くなってからより意識するようになりましたね。

白石:これから、この場所でやっていきたいことは何ですか?
かずぅ:春には、火の儀式ができる小屋を建てる予定です。縄文式のかやぶき屋根の小屋を谷際にね。3メートルくらいの土の炉を作って、火を焚くと屋根から煙が抜けていくようにします。
マスター:80歳の自然療法の先生から、「薬草を燃やすと成分が煙になって、肌から身体に入り、浄化される」と教わったんですよ。
白石:ここにしかないものと、ここから飛び出す可能性。お手当ての宿がワンダーランドのように広がっていきますね。
かずぅ:毎日、安心して身を置ける場所があるっていうのは、これ以上ない幸せです。偽りなく正直に表現し、ものづくりするのにも森は最高の空間。街中で同じことができるかって言ったら、多分できない。シネマバレイは、自分は何ができるかっていうのを、必死に探させてくれる土地です。

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かずぅとマスターの森とともに生きる日常。日々の揺らぎの中で、さまざまな人と関わり、思い描いていたシネマバレイを10年の歳月をかけてつくってきました。森での時間の流れは、「自分らしく、これでいいんだ」という日常の豊かさに気づかせてくれます。

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