インタビュー

【信頼できる人と過ごす住まい】井上 徹さんの「人と人のお付き合い」を大切にする福祉と日常

井上 徹さんは、1999年に「社会福祉法人 地域(まち)でくらす会」、2000年に「ケアプランセンターまちくら」を立ち上げ、2026年3月まで理事長を務めました。現在は、地域(まち)でくらす会を譲渡した社会福祉法人ぱれっとに地域支援員、相談役として在籍し、誰もがその人らしく暮らせる地域をめざして活動しています。井上さんの福祉への向き合い方は、信頼できる人と暮らす住まいや日常生活をやさしく照らしてくれます。

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白石:井上さんとの出会いは、2010年に完成した「まちくら」の事業所を設計させていただいたのがきっかけでしたね。「この建物をリノベーションしたらどうだろう」と、現場を見に行くところからスタートしたのを覚えています。

井上さん:2008年から相談を重ね、実際に建物を使い始めてからは白石さんに増築もしてもらいましたね。

白石:井上さんの発案で、ヘルパー講習に一緒に通ったのも忘れられない思い出です。

井上さん:そんなことがあったね。車椅子を押す実習で、段差を越すために後ろのバーを踏んで上げようとしたら、講師に怒られたときはびっくりしたよ。福祉の現場では当然のことなのにね。

次第に僕の方が経験も実践知も多いことが講師に伝わり、「教科書のここが分からないので、井上さん教えてください」って、声をかけられるようになってね。立場が逆転したような講習だったな。

白石:私にとっても興味深い学びになりました。あれから、もう16年が経ちました。今日は、井上さんの活動の歩みと、どのように人や暮らし、福祉を見つめておられるのか、改めてお聞きしたいと思います。

麻雀とプロレス好きの大学生。福祉に一生懸命になるとは思ってもみなかった

白石:「まちくら」を始めるまで、井上さんはどのような活動をされていたのですか?

井上さん:20代は、「親の仕送りでずっと食いたい」って気持ちでした。大学を卒業してから就職活動をはじめたんだけど、内心は、麻雀のプロかプロレス新聞の見出しを書く仕事がしたいって思っていたからね。

でも、うちの親父が、「早期退職するんで、来年から仕送りせんけん、もう知らんぞ」と通告してきて……。

それで就職試験を受けて、唯一受かった県の外郭団体である福祉施設で働くことになるんだけど。

嫌々だったから、やる気が出ない状態が3年ほどズルズルと続いたんだけど、1982年の正月に、「このままではイカン!人生に一度だけ、福祉を一生懸命やろう」って思いが湧いてきたんです。

白石:そんな過去があったんですね。

井上さん:かつての僕が、福祉の仕事にやる気を持てなかったのには理由があるんだよ。

「大学で麻雀ばかりしていた人間が、障がいのある人の指導をするのはおこがましい」、「高齢者にああしろ、こうしろと言うなんて、とてもようせん」。そう思っていたから、福祉施設で障がいのある方に「先生」って呼ばれる仕事は、絶対したくなかった。

それで重度の身体障がい者の会・障がい児の親の会・認知症の家族会の3つに入って、志を同じくする人たちと活動をはじめることに。この経験が、まちくらへと展開していったんです。

「福祉事業」と「福祉活動」。制度とニーズの両方がないと社会福祉ではない

白石:日常の豊かさにつながる福祉とは、どのようなものだと考えていますか?

井上さん:現在の福祉制度は、事前に契約を結んでサービスを提供する形で運用されていて、契約外の支援をすると、事業者の経営が成り立たない仕組みになっています。でも、その契約という形に馴染まない人たちもいます。

例えば、ヘルパーが訪問して「掃除をしましょう」と言っても、認知症の方は掃除をする気がないこともある。そんなときは、散歩に出て気分転換をすると「掃除しようか」っていう気持ちに変わりやすくなるよね。

でも、散歩は契約外。福祉制度の枠内では、事前の契約以外のことはしてはいけないんです。

白石:それが今でも福祉制度の実情であると。

井上さん:この仕組みは、変えないといけません。認知症や精神障がい、高次脳障がいの方の福祉には、人間同士のお付き合い、つまり「伴走型」の関わりが必要です。支援内容を決めずに家に行って、本人の状態に合わせた支援をすることが大切だからね。

白石:やはり個人のニーズが福祉のポイントなのでしょうか?

井上さん:福祉とは、二本立てである、というのが僕の考え。一つは福祉制度に基づいた「福祉事業」で、もう一つは一人ひとりのニーズに基づいた「福祉活動」、その両方がないと社会福祉にならないんです。 
 
また僕が県の外郭団体に勤めていた頃、家で過ごしたいという希望を持つ身体に障がいのある方と出会いました。それで「じゃあ、ボランティアの介護組織をつくって、家で暮らせるようにしよう」という話になった。
 
白石:すごい、現在と比べても福祉の先端を走っているように感じます。

井上さん:僕も仕事の合間に在宅介護に携わって、彼に恋のアドバイスをしたり、絵や書の作品を見て「いいものを創るなぁ」と感じたりしてね。彼が身体を壊して亡くなったとき、「ぬくぬくと給料をもらって生きとるわけにはいかん」と痛感しました。

そのころは、福祉事業の許可を取るのに3年かかるといった障壁があった時代。それでも、1996年に無認可の宅老所を始め、社会福祉法人設立へと歩みを進めることを決心しました。

親しい人と一緒に暮らせることが一番大切。福祉のシステムが暮らしを変える

白石:まちくらを建てたとき、「こういう建物を中学校区に一つか二つはつくっていかないといけない」と話されていましたね。

 (建設当時の「まちくら」)

井上さん:北欧には、高齢者や障がい者が一人で暮らせるような福祉の仕組みがあるのを知っている?巡回ヘルパーが、日本の中学校区ぐらいの範囲にある家を、ぐるぐると巡回訪問する仕組みが整っているんだ。

白石:私の母は、家で過ごすことができるのですが、一人きりにならないようデイサービスも利用しています。巡回訪問の仕組みが地域にあってほしいですね。

井上さん:社会の仕組みが整えば、福祉施設で生活するか一人暮らしをするかの選択ができます。日本では、家で暮らすとなると「いつ事故に遭うかわからん」という状態になるから、家族の負担がとても大きくなってしまう。システムが違うと、選択肢も異なってくるよね。

理想として考えているのは空き家にみんなで住んで、そこを巡回訪問する仕組み。まちくらの職員が、家を巡回訪問して、家族の負担を減らすといった形をつくれたらいいね。

人間にとって一番大切なのは、親しい人と一緒に暮らせることだと思うんだ。建物だけをつくっても人間の満足感にはつながらんもん。親しい人や信用できる人がいなければ、どんなにきれいな建物であっても、ずっと暮らそうとはしないよね。

白石:私もその考えに強く共感します。家はあくまで日常を支えるものとしてあり、そこでの人と人のやり取りや、一人ひとりの感覚が重要だと考えています。

井上さん:施設でも在宅でも、福祉では人として当事者にどう付き合うかが問われてるんだよ。サービス提供じゃなくて、人と人がどう向き合って、付き合っていくかということが。

バリアフリーの視点から日常をつくる。生まれつきの資質を肯定できる社会で

白石:井上さんご自身は、福祉施設に通いたいですか?それとも行きたくないですか?

井上さん:もし、みんなでゲームをしたり、ビデオを見たり、歌を歌ったりするなど、レクリエーションで1日が終わるのだったら、行きたくないかな。

福祉施設がやるべきなのは、役割を提供することなんです。例えば認知症になると、家では「火を使うと危ないから料理しなくていい」と、言われるかもしれない。でも、その人が望む役割をゆっくりでもいいから任せてみるとどうなるだろう?

デイサービスで、高齢者が自分のペースで料理や掃除、洗濯をする機会があれば、介護予防につながる。実際に、認知症の当事者が、古い民家で大工仕事をして、自分たちの居場所をつくっている例もあるからね。

白石:生活する場で、日常をどうつくるかに目を向けさせられます。

井上さん:障がいのある人が、就労できるように訓練する施設もあるんだけれど、訓練によって能力を高めようという発想自体に違和感があるんです。居い場所「田園」では、イラストやデザインが得意な方はそれを生かして仕事にしている。もし白石さんが頼んだら、似顔絵付きの名刺をつくってくれるよ。

白石:この似顔絵、めちゃくちゃ素敵ですね。訓練して就職するのではなくて、できることを仕事にする方策が考えられているのだと気づきました。

井上さん:そう、今できることを仕事にしてみる。生まれつきの資質を否定しないで、発達障がいや精神障がい、認知症の人にとってのバリアフリーとは何かを、社会が考え直したうえで日常をつくっていかないといけないね。

これまでもこれからも、福祉の仕組みを変えることが僕の仕事

井上さん:福祉には人間同士のお付き合いが求められるといっても、実際はなかなか難しい面もあるんです。伴走型支援のコーディネーター・マネージャーは、やっぱりプロじゃないといけない。相手の気持ちを汲み取って、日常生活の中できちんと聞く場面では、障がいについての専門性が必要なときがあるからね。

白石:確かにそうですね。「福祉事業」と「福祉活動」のバランスをどう取っていこうと考えていますか?

井上さん:今の仕組みで、民間業者が伴走型支援をやるのはなかなか難しい。地域の家を訪問巡回するシステムなど、福祉の新たな仕組みをつくろうと行政に働きかけています。

白石:公務員に事務作業だけではなく、現場でヘルパーなどをしてもらったらいいのではと、井上さんはかねてから話されていました。

井上さん:社会のシステムを変えられるような職員は、福祉の専門職として育成する必要があるよね。行政職として採用するのではなく、福祉の専門職員を配置して、例えば米子市なら、米子に適した独自の仕組みを考えるほうがいいと思っています。

白石:まちくらの歩みを振り返ると、根底にある井上さんの馬力を垣間見せられるようです。

井上さん:一人でやってきたのではなくて、1980年代・90年代から一緒に動いてきた福祉住民運動やボランティアの仲間が僕の周りにはいます。その人たちが何をしたのかを知ってもらいたくて、ボランティア活動の記録をまとめたものもあるんですよ。読んだ方の感想も聞いてみたいですね。

白石:貴重な記録を前にすると活動の重みを感じます。今年の春、事業を「社会福祉法人 ぱれっと」に継承されました。

井上さん:意欲のある人たちに「自分がまだ元気なうちに引き継いだ方がいい」と考えたんです。もちろんこれからも、当事者のニーズに合わせた福祉が提供できる社会に変えるために、活動していきます。僕の仕事は、当事者のニーズに合うような福祉の仕組みを考え、社会システムを変えることだから。

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井上さんが大切にする、人と人とのお付き合いを大切にする福祉。顔を合わせ、言葉を交わし、関係を構築することで、障がい者も高齢者も誰もが安心しながら生活することができます。ニーズに合った福祉システムと日常を支える家が、暮らす人の日常の豊かさを育んでいきます。

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